かな・かな・かな

足音に小鉢波立つ目高かな

亀の子の喰らふ姿の猛きかな

筍の墓持ち上ぐる力かな

湧き水の草間にゆらぐゐもりかな

かな・かな・かな

「知識」と「経験」。どちらが重要かと問われたら私は「経験」と答える。知識も実践が伴ったものなら深みを増す。

歌を知っているだけでや歌ったことがなければその楽しさがわからないように、物語の名前をたくさん知っていても物語を読んでみないとその面白さがわからないように。

日常の思考回路から少し離れ、五七五の世界に遊ぶ2時間。

西念寺では月一回「てら俳句」を開催。初心者向けではあるけれど「句会」という形で行い、その空気も体感していただきます。

次回は6/20 13:30~

5句以内をご準備下さい。

①兼題「サングラス」

②季語とは別で「空」の字を入れた句

上記以外も可

スタート

西念寺墓地は山の斜面にあります。参道の整備や除草はタイミングが重要だということになり、一回の仕事量を減らし、回数を増やすことになりました。

暑い夏に向けて「ぼち会」好スタート!

目指すは声明カフェ

H30.4.29 毎年行われている錦帯橋まつりで三回目となる声明ライブを行いました。

声明とは最澄、空海が1500年前に仏教とともに日本へもたらしたお経に音階をつけたもの。西洋音楽とは間の取り方やリズムが違うので、はじめは面食らいますが、DNAは日本人。自然と馴染んできます。呼吸も自ずと深くなっていきます。

実は唱える人が一番気持ちいい声明。声明カフェの開催も近い?

花をあつめて

4月8日はお釈迦様の誕生日。西念寺では4月中旬に行います。どうしてかというと、花が必要だからです。毎年木を組んで作られた手作りの小さなお堂にたくさんの花を飾り付けます。

お釈迦様がお生まれになった時、龍が舞い、甘露の雨を降らせたといいます。これを再現して生まれたばかりの小さなお釈迦さまの像に甘茶をかけます。西念寺の甘茶は住職が手作りします。本堂横にある甘茶の木から新芽を摘み、揉む→干す→炒る→煮出す、出来あがり。

良いことをし、悪いことはしない

そんな生き方が出来るよう祈りを捧げました。

とにかく良くて

忙しい日常から少し離れ、別次元に身を置く。春彼岸です。

念仏を皆さんと一緒に称えている一瞬一瞬がとにかく良くて、たくさんお念仏をお称えしました。

元気で暮らしている。その有り難さに気づかせて下さい。

生まれた時から亡き人、ご先祖様の護り導きをいただいている。そのことに気づかせて下さい。

あらゆる場面で自分本意でいることに気づかせて下さい。

ものごとのすじみちを理解していない。そのためにいつもいらいらしている自分に気づかせて下さい。

阿弥陀様は頼めば私達に気付きを与え、助け、護ってくれる。その大きな慈悲の力を感じることが出来ますように。

ひたすら念仏を称えました。

手のひらには仏様の御足

五体投地  全身で仏への敬いを表します。
一時間のお話もあっという間でした。

 

 

 

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おさがりはおてらおやつクラブを通じてひとり親の子供たちへ

 

 

失敗は忘れたいものですが得るものも大きい。必ず糧となります。謙虚にしたたかに。

 

梅の頃 桜の前

お彼岸前の梅の時期が好きです。

法要前に本堂を清めたり、仏像の開眼式などでシャスイという儀式をします。そこで使用するのが梅の新芽。原木ならなおの事。側にいるだけで香りと美しさに癒されます。

花の力を感じます。

ウェルカムでいこう

3/9は西念寺にて「出張暮らすルーム」でした。

授業の形で日常に切り取って様々な見方・提案をしてくれる自由参加型日常バラエティ上機嫌講義といったところでしょうか。

こんなに充実した時間なかなか作ろうとして出来るものではなくその場に選んでいただき嬉しく、楽しい時間でした。

「死」について皆さん心を割って語って下さいました。死がこれほど「生」に直結していることを改めて知りました。阿弥陀様の持つウェルカムな空気と暮らすルームの持つウェルカムな空気が響き合って気が付くと一人ひとりのお話に皆が真剣寄添で耳を傾け、寒い夜の本堂も暖かくなっていました。

谷村先生の「意味もなく上機嫌」は、「いろいろあるけどいつも上機嫌で」というなんとも力強い言葉。私のような者には実行は難しいけどそうありたいと心から思います。どうせ生きるなら上機嫌で。出来れば謙虚で思いやりを持って。

講義後は広間へ移動して振り返りフリートーク。コーヒーを淹れながら、皆さんの話していることが気になりながら。あっと言う間の4時間半でした。

出来れば全部出席したい、そして参加された皆さんひとりひとりに心から再会したくなる「暮らすルーム」でした。