秋修行

雨模様の彼岸法要。たくさんお参りいただきました。

お釈迦様は「修行」を通じて苦しみを取り除く道を示されました。様々な修行の中から今回は布施行についてのお話でした。

布施とは「与えること」。

お金や物は無くても出来る布施行として和顔施・身施・床座施・心施・法施などがあります--

慈愛を持って「受け入れる」「やさしい言葉・声をかける」「笑顔で見守る」---などがそれです。

モノやお金は与えると減りますが、これらやさしさの布施はいくらしても減ることはありません。ならばどんどんしたいところですよね。

しかし現実はなかなかそう簡単にはいきません。声をかけるといっても「気を遣わせてしまうのではないか」、「無視されたらどうしよう」「ニコニコしてるとなにか企んでいると疑われてしまうのでは」と。ついつい心配になり躊躇してしまうものです。この世は時に忙しく、世知辛く慈愛を持って受け入れ合えるような人ばかりではないし、余裕の無い時は普段穏やかな人でも辛くあたってしまいます。ありがた迷惑という言葉があるようにどんなにいいことでも予期せね迷惑になってしまったり、無償の寄付でさえ思わぬ堕落につながってしまったりもします。

阿弥陀仏は日々忙しく、心静まること無く目先のことにとらわれ、右往左往している私達をよく理解しておられます。事情をよく心得た上で、「なむあみだぶつと私の名を呼びなさい。」と働きかけておられます。私達が本来の力を発揮出来るよう、悪縁に会わないよう、過ちをしないよう、落ち着かせ、育て、救おうと、常にお働きです。

法要の日は阿弥陀仏の誓いに応えるお念仏を皆でとなえました。

大きな声で・小さな声で。

座ったままで、全身で。

心静かに・心乱れながら。

父母に・夫妻に・兄弟姉妹に我が子に思いを寄せて。

ただひたすらに・ひたすらに。